Working Paper 34
高等教育の新しい地政学
Published February 2019

高等教育の成果は、卒業生にとっての経済・地位上の私的な便益の創出に限定されるもの でも、それを主とするものでもない。 高等教育機関は、ローカル・国・グローバルのいず れのレベルにおいても、多くの個人的・集団的便益を生み出している。

研究集約型大学 (ワールドクラス大学 World Class Universities: 2012年から2015年に少なくとも1000本 の学術論文を生産している大学)は、今や世界規模の単一のネットワークとして活動し、 ポジティブサムの統合・集積効果を生み出すことで、研究をリードする国々と協力して科 学の新興諸国を育成している。ワールドクラス大学は、各々の国・地方においては主に中 間層が利用し、所得格差の拡大につながるような排他的な社会制度として機能する。

しか し、グローバルには、ワールドクラス大学の間で連帯的・集団的アプローチを目指す自由 度がますます拡大している。科学は、「フラットな」協力を通じて、市場や企業の命令体 系とは異なった働きをする。

ワールドクラス大学に関連するグローバルな公益財として最も重要なものは、研究そのも のと、ネットワーク化された活動に関連するコミュニケーション及び人々の移動のシステ ムである。多くの分野を擁する研究大学の形態が世界中に広まり、連携が強化されてい る。過去20年間に、学術成果物と国際共著論文との双方で爆発的な成長が見られ、成果物 に占める国際共著論文の割合が高まっている。

オープンなグローバルシステムに参入する 国が、ますます多くなっている。(主な成果は理工系分野に限定されている が)中国・韓国・シンガポールでの顕著な増加・向上、そして、ヨーロッパやラテンアメ リカの一部での発展によって、世界の科学力はより多様な主体によって担われるようにな った。

国家は主に国家間競争における優位性を確保するために研究に投資するが、高等教 育と研究とにおけるグローバルな関係性は大部分協調的であり、グローバルな科学システ ムはそれ自体の論理に従って進化する。大部分の国々では、科学の出版は、主に国家組織 ではなくグローバルシステムによってなされている。グローバルな科学はまた、広範で自 由な批判的探求を行う領域を構成し、ポスト真実のポピュリズムに対抗する可能性を持つ ことで、世界の市民社会にとって大きな意味を持つ。

しかし、グローバル、そして国家間 の緊張関係は、国境を越えた活動を妨げる可能性があり、このことは、科学においてより も、グローバルな人々の移動やコミュニケーションにおいて顕著となる。ワールドクラス 大学にとっては、グローバルなアジェンダを進展させるとともに、ローカルな連携を強化 してさらに貢献していくことが、ますます重要になっている。

翻訳—東北大学国際戦略室教授—米澤彰純

本翻訳は、東北大学とユニバーシティ・カレッジ・ロンドンとの交流事業の一環とし て企画し、日本学術振興会科学研究費助成金基盤研究(B)「大学教育のグローバル・ス タディーズ 競争・連携・アイデンティティ」(16KT0087)の助成を受けて実施した。